< 2024(R6)年8月 >
野菜売りBOXを、眺めていたら、オーナーが 出て来られて、「花オクラは、 如何ですか?」 と 問われた。 畑などで、よく、見かける オクラの花を 数輪ずつ、袋に入れて、野菜BOXに 売るために 並べに来られた。 「 知ってます!!・・・ 」 と言ったら、 「これは、『 オクラの花 』 では なくて、別物の、【 花オクラ 】 と言うもので、 食用に 栽培されているもの・・・・・・なのです。」 と 説明を受けた。 〖 オクラの花 ≠ 花オクラ 】 である。 ’調理の仕方’ ’食べ方’ も しっかり 教えてもらって 家で、簡単調理。 → 花弁だけを残して、以外をカットして、さっと水洗い。 → 少量の酢を落としたお湯で、さっと、しゃぶしゃぶする。 → ペーパーの上に、広げて、水気をとる。 → 好みの大きさに、カットする。 鮮やかで、美しい色合いを眺めながら、微かな、シャキシャキ感と、素朴で新鮮な 味わいを 楽しむ ・・・・・・・・ の巻き ・・・・・
7時頃、三人づれで、我が家より 歩いて 15分位のところに位置する 「 小倉神社 」 へ、お参りと 朝のウォーキングを兼ねて、出かける。 道中の人出は、まだまだ少ないが、ここしばらくの酷暑の傾向は、すでに、感じられて、 暑苦しい。 とはいうものの、いつもの ウォーキングのコースと 比べてみると、 う~~~~んと 涼しくて、 参道や、境内では、深呼吸をしてみたくなる 雰囲気。 夏休み中の彼女たちも、元気・・元気!!! 神妙な面持ちで、本殿にお参りをして、活き活き・・・・。 ![]() 【 社伝 】には、養老2年(718年)の創建 とされ、平安遷都の際には、 御所の鬼門除け として 祈願され、嘉祥3年(850年)に、正一位の神階を賜った と 紹介されている。 安土桃山時代では、「山崎の戦い」の際、豊臣秀吉が、家臣の片桐且元、脇坂安治を 遣わし 戦勝を祈願した。 そして、勝利した として、毎年、米三千俵を寄進したといい、 江戸時代には、江戸幕府より、山地二十余町歩を 寄進したといわれ、明治維新までの 旧境内地は 六万坪余 にのぼった と記載。 毎年米三千俵を寄進したと 江戸時代には、江戸幕府より 山地二十余町歩を
我が家の南面の、フェンス沿いに いつのまにか 背の高い白いユリの花が、数本、 育っていて、大きな 花を 咲かせている。 そこら辺でも よく 見るユリだが、咲いていると 美しい。 世界中に ユリは、約100種あり、日本にはそのうち15種が、自生している 白いユリの花言葉は 「純潔」・「無垢」・「威厳」 と、PC上に。 また、黒いユリも 存在し、 花言葉は 「呪い」・「復讐」・・・・ と 強い メッセージ を、持っている・・・ その昔、学生時代に、北海道旅行したときに、黒いユリの球根が、缶詰に入って、 売られていたのを 買って帰って 庭先に植えた経験がある。 時が来て、やや、小ぶりな黒っぽい花が咲いて、納得したのを、覚えているが、 以来、もう 一度 入手したいとは、思わない。 それにしても、ちょっとした、隙間に生えて、思いがけなく 高い背に成長し そして、 複数輪の、結構 大きな 花を咲かせる 真っ白なユリの花は、思わず、写真に 撮りたくなる風情で ステキ!!だと 思う。 |